○○の早慶戦

野球の早慶戦は、 1903(明治36)年の第1回の対決以来、

これまで、数々の名勝負を繰り広げ、歴史を重ねて来ましたが、

野球に限らず、様々なスポーツで、早慶戦はライバル対決として、好勝負を展開しています。

1899(明治32)年に、初対決が行われ、 毎年11月23日に行われる、 ラグビーの対抗戦の早慶戦も、その一つです。

この早慶戦という名称は、 早稲田と慶応による対決のみならず、 ライバル同士が戦う名物対決を指す代名詞としても、使われる場合があります。

それだけ、早慶戦という名称が、一般化しているとも言えると思われます。

例えば、高校野球の伝統校同士の対決でも、 早慶戦という名称が使われたりします。

宮城県の仙台一高対仙台二高の対決は、 「杜の都の早慶戦」として、 県内の一大イベントとなっていますし、

広島県の広島商対広陵の対決も、 「広島の早慶戦」と呼ばれたりします。

また、かつては、 横浜高工対横浜高商の対決が、 「ハマの早慶戦」として、 大変な人気を集めました。

戦前、満州にあった、実業団同士の対決、 大連実業団対満州倶楽部の対決は、 「満州の早慶戦」と呼ばれ、 現地の野球ファンにとって、最高のイベントだったのです。

ところで、早稲田実業と慶応義塾高校は、 ともに高校野球の伝統校同士で、 ともに、甲子園の常連校でもありますが、

未だに、甲子園での直接対決は実現していません。

2009(平成21)年の春の選抜で、 早稲田実業と慶応が、初めて揃って甲子園に出場しましたが、 この両校の対決は、惜しくも実現しませんでした。

果たして、早稲田実業と慶応による、 「甲子園の早慶戦」が実現する日は、やって来るでしょうか。

早慶戦のあれこれを見てきましたが、 番外編として、

「夜の早慶戦」

という物があります。

野球の早慶戦が終わると、神宮に応援に行っていた学生達は、

それぞれグループごとに徒党を組んで、 盛り場へと繰り出し、一斉に大騒ぎするのです。

早稲田の学生は、主に新宿、

慶応の学生は、主に銀座などに行く事が多いようです。

この、学生達の大騒ぎを、「夜の早慶戦」と呼ぶそうですが、

両校の学生は、この「夜の早慶戦」を経験して初めて、早稲田や慶応に入った事を実感したりするのだとか。

世の中、本当に色々な早慶戦が有るものですね。

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