通算23本塁打を放った高橋由伸

田淵幸一が、東京六大学野球記録となる、通算22本塁打を記録した後、

この記録を破る選手は、なかなか現れませんでしたが、

1994(平成6)~1997(平成9)年に、慶応に在学した高橋由伸が、 遂に、29年振りに、田淵の記録を更新しました。

高橋由伸は、1975(昭和50)年に、千葉県に生まれました。

神奈川県の桐蔭学園で、甲子園に出場した後、 高橋は慶応に進学しました。

高橋は、慶応入学早々、三塁手でレギュラーの座を掴みましたが、 一年生の秋には、外野手に転向しています。

高橋は、一年生の春に、いきなり3本塁打を放ち、華々しいデビューを飾りましたが、 その後も、慶応の四番打者として、順調に活躍を続けました。

1996(平成8)年春には、高橋は

打率 .512 5本18打点

という見事な成績で、戦後8人目となる三冠王にも輝きました。

高橋は、三年生終了時までに、通算18本の本塁打を放ち、 いよいよ田淵の記録を視界に捉え、四年生の年を迎えました。

そして、四年春(1997年春)、 高橋は、ライバルである、明治の川上憲伸から、 通算20号となるホームランを打ちました。

ちなみに、六大学時代、 高橋由伸と川上憲伸は、

32打数11安打(打率.344)3本塁打6打点

という対戦成績を残しています。

さて、この20号を打った後、 記録へのプレッシャーからか、

高橋は22打席ホームランなし、13打席ノーヒットという、不振に陥ってしまいました。

そして迎えた、対東大2回戦で、 チームメイト達が、高橋のためにと、必死で回してくれた、 9回2死後の6打席目で、

高橋は遂に、通算21本目のホームランを打ちました。

チームメイト達の気持ちが嬉しくて、 高橋は涙が止まらなかったと言います。

そして、春の早慶2回戦で、 高橋は起死回生の同点2ランとなる、 通算22号ホームランを打ち、

遂に田淵の記録に肩を並べると同時に、 慶応の9シーズン振りの優勝を、自らの手で引き寄せたのでした。

こうして迎えた四年秋(1997年秋)の、高橋にとってのラストシーズン、

法政戦で、高橋は安藤優也投手から、 通算23号ホームランを打ち、 29年振りに、田淵の記録を遂に破りました。

高橋はその後、プロ野球の巨人の中心選手として、活躍を続けています。

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